【潮騒のシーショア】【窓辺サイレントタイム】を読んだ後のふせったーの写し

潮騒を読んだ時点でのふせったー】
潮騒の小宮果穂、全編通して果穂はいつまでも子供なわけではないみたいな……こう果穂の成長だとか、「果穂もきっと大人になって、いつかは俺の元から巣だって行くんだろうなぁ」みたいな感じだったけど、Trueコミュで
秘密にしてたシーグラスで作った五連写真立てをくれて、将来果穂が独り立ちするとしても、俺や放クラのことを大切に思っててくれてるんだって……ウッ……ウッ……(号泣)

果穂が巣立っていくのを嬉しいような寂しいような気持ちで見ているP視点が強調されてるのはコミュタイトルだと思いました。
今までの果穂のpSSRとかと比べて今回のコミュタイトルは結構しっかり(?)した感じのものが多く、また一貫して果穂を二人称「君」として扱っていたのは、P視点で果穂のことを見ているからなのかなと思いました。

 

 

【窓辺読んだ後のふせったー】

シーショアのコミュを見たときに
「果穂は今この時間を大切にしていてくれるけど、果穂にとっての未来は今と同じくらい大切なんだよな……」
とか
「果穂は大人になっていくけど、今の俺たちとの思い出もちゃんと大切にしてくれているんだな……」
とか思った、みたいな話をかれこれ412回くらいしてきたわけですけども、

その感情の根底にあったものは「果穂はきっとこの先成長して、俺達の元から巣だって行くのかもしれない」みたいな
そういう寂しさというかさ……
ずっと果穂の成長を見てたから、1歩1歩大人になっていく果穂を見て、今はずっとは続かないんだなって感じてたわけじゃないですか?

それで今回(物語上は夢オチだけど)果穂が言ってくれるのよ
「ずっと一緒にアイドルしていきたい」って

「果穂は大人になって俺たちのところから離れてしまっても、俺達との思い出を大切に思っててくれるんだろう」じゃなかったんすよ

果穂は大人になっても、きっと、俺たちのそばにいて、ずっと大切にしてくれているんですよね……

果穂が踏み出した一歩は、果穂にとっては『一生で何度ありそうな一歩』で、俺たちにとっては『一生でなんども見ることになる一歩』なんですよね(怪文書)

シャニPくんはしばしば、夢で見ただけのことを「コミュニケーションです」って言い張るので、以上の感想も「でも夢オチじゃん」で論破されそうな感じがありますが、
そこは思い出アピールレベル5のアレを準用する感じで……どうですか?